2013年12月22日日曜日

自分の夢※今の時点で

夜中三時に、娘の夜泣き。
30分の応戦でなんとか寝てくれたものの、私は私で眠気がやや遠のいた…。


なので、今思い描いている夢の話をしようと思う。

ここ、2,3年。私はずっとずっと悩み続けていた。正確に言うと、3年どころではなく、20代後半からずっと。転職を繰り返したのは多分その答えを早く見つけだしたいということもあったかもしれない。


自分は何のために生まれてきたのか?その使命が必ずあるはずなのに、よくわからない。


悩みはこれ。

その答えの一つは子どもが生まれたことですっきりした。この子を産むために生まれた。

それも一つ。育休中はそれで納得。でも、私を軸に考えるとなると、それ以外にも何かあるのではないかと仕事復帰してから、また思い始めた。

今の仕事は楽しい。手作りするお母さんを応援する会社。給与こそ安いが掲げるモットーは素晴らしい。しかし、ずっと続けていく仕事ではない。この仕事は正直私じゃなくてもできる仕事だからだ。

わたしは将来何で食べていきたいのか?
私にしか出来ないことってなんなのだろうか。
本気で考えるようになった。


ここ2,3年、興味のあることはなんでもやってきた。

4年前、いつかカフェとかお店を出してみたいという気持ちで、個人経営のおいしい居酒屋でバイトを始めた。
楽しかった。でも、お酒が入った方の接客とひとりで回すホールの仕事は、段取りと愛嬌の勝負。自分には合わなかった。そしてお店を出すとなると…私の自由がなくなることについてもよくわかった。

これは違う。

それから趣味でフェイクスイーツを作り始めた。意外にうまく行った。うまくなったら、作家として売り出してみようかと考えた。でも趣味で終わった。そして子供ができたとたんに、作る機会を失った。
何万もかけた材料は眠ったまま。

これは趣味であって本業にはならない、これも違った。

育休中、復帰したらwebデザイナーとして働けるようにしておきたいという気持ちで、30万もの大金を払って通信のwebデザイナー講座を受講した。毎回出す課題では表彰されるくらいのなかなかの出来栄え。

ところがプログラミングに苦戦。デザインを起こすまでは猛烈に楽しいのに、その先は苦痛。
結局最終課題はデザインのみの課題をこなしただけで、サイト作りはしなかった。

わたしはwebデザイナーにはなれそうになかった。趣味で作る範囲で終わる。苦痛を克服するという情熱はなくプロにはなれないと思った。

出産前、4年間主催してきた読書会をオープンにして、大規模にやってみようかとも考えた。昔私を取材してくれたブクログや日経新聞にも声をかけ、企業などへの導入もすればなかなか面白いものになりそうだという案も浮かんで、読書会コンサルにでもなろうかとおもった。サイト立ち上げを途中までやったものの、面倒になった。読書会は意義があることだが子どもが生まれ、夜の時間をさけなくなった今、継続は至難の業。今それができていない私は今やるべきではないと思った。ママ読書会もやってみたものの、楽しいが仕事復帰後の継続はやはり難しく、今は休止中になってしまった。


一体何がしたいんだと…また振り出しに戻った。


そんな頃、毎月お菓子を作って持ってくるという前職から続くサークル活動をしている中で、友人にこんなことを言われた。

あなたは大好きな歴史にからめた仕事をしてみたら。と。

はっとなった。

そうだ、あたしは、それがしたかったんだ!



実は高校生の時に、歴史の先生になりたくて母校の大学を選んだ。しかし、歴史を教えるのはいいが、先生はそれだけを教えるのでは成り立たない。生徒の人生もみなくては・・・と思った瞬間に、教師の必修科目をとるのをやめた。やわなハートが砕け散るのが目に見えていた。

そして、じゃあ塾の先生に!なんておもったが、塾に行ったことがない私にはそれこそ縁がなく…教育業界は就職活動中にはやくもあきらめた。

でも歴史を教えたいという気持ちは強くあった。歴史だけでなく、日本の文化を伝えたいと私は常日頃からあった。

ここ5年で東北や中国地方、奈良京都など一人旅をし、東京中の史跡をめぐり、友人を自分のイラスト付きのガイドブックをつかって鎌倉を案内。日本史検定・江戸時代文化検定3級もとって、歴史好きの友達もたくさんできた。

あまり知られていない日本の古き良きところには、いつだってじいさまばあさましかいなくて、このままでは若い人たちが古き良き日本のよさをしらずに、明治維新の時のように神社仏閣をいとも簡単に壊す日が来るのではないかという危惧も覚えた。
また、有名でなくとも日本人・外国人にしってほしいエリアがこの日本にはごちゃまんとあることもわかった。

ではガイドになればいいのか。ボランティアガイドに。

そんなガイドさんならいくらでもいる。おじいちゃんおばあちゃんでもなれる。
私の強みは歴史だけでなく、ヲタク文化も武道も、日本のお菓子についても、実際やってきたので語れる点。

いろんな日本を紹介するなら自信がある。


もちろん日本人にも日本の良さを伝えたいけれども、やはり私は海外の文化を知ることにも非常に興味があり、外国人に対して、日本の良さを伝えたいと思った。

わたしのやりたいことはそれだ。


脳裏にあったのに、一番前にそれができてこなかったのは、英語への恐怖。

学校の成績の中でもダントツに低かった。英語。
中学生レベル。旅行でしか話さない。片言。


この夢以外の先ほど描いたような、飲食への憧れだったり、ウェブデザイナーへの道だったり、作家への道だったり・・・があって、英語勉強するのが嫌だということで、つい置き去りにされてきた、この夢。

でもいまなら、わかる。いろいろやったけど、夢ではなかったし、情熱をそそげるものではなかった。
私が本当にやりたかったのは、そう、高校生の時からぼんやり思っていた

「日本のよさをもっともっと伝えること、日本人にも、世界にも」

英語が今は話せなくとも、これから頑張りゃいいじゃない!

私の使命はそうだと、勝手に思い込むようにした。

昔コミケでマンガ売ったりコスプレしてみたり、なぜか縁あって弓道柔道やってきたり、就職率がもっとも低く、結論必要なしの烙印をおされ消滅しまった学科「日本アジア文化学科」に大学の時在籍していたのも、写真撮るのが好きで神社庭写真の写真集をつくったり・・これもその時は無駄なことしてきたと思っていたようなことも、全部全部このためにあった経験に違いない。


そう思った瞬間に、世界が開けた気がした。

そう、やるなら今でしょ!

ということで、本気で英語やることにします。
目指すは35歳で英語話せて、英語のある環境の仕事をすること。
世界遺産検定と、日本史検定2級と東京のガイドの資格を取って、日本の良いものにふれること。


40歳までに通訳案内士(国家資格)
着物がきれるようになること。日本文化の権現になる。

まずは、英検三級から(低!でもあたしこのレベル)

子どもがいるからうまく勉強できないかもだけど…



千里の道も一歩から。

ここに決意表明します。



30代後半の私がいつかこれを見て、笑っていますように!



2013年11月22日金曜日

まだまだ勉強できるじゃんか!

先日、アロマテラピー検定一級を受けた。
別に将来アロマテラピーやりたいとかではなく、ただ好きな香りを日々の生活で取り入れたり…香りがつくだけで高価になりがちな化粧品をみながら好きな匂いを自分で作れたら。そんな思いだった。

さらには鼻には若干自信があったので、匂いテストやってみたいという好奇心も手伝ってる気がする。
これも一年前に友人宅で開催されたアロマテラピー講座がきっかけだ。

また毎年何かしらの資格試験を受けてることもあり、今年も何かやりたいと思った。

私はガリ勉タイプなので、目標が決まると、マジメにやる。それを知ってるから脳みその体操に良さそうだと思ったわけで。

しかしながら、そんなガリ勉も、子育て中となると、ガリガリ机にかじりついて勉強する暇などなく、仕事の昼休みと電車の行き帰りでなんとかしなければならなかった。電車に乗る時間は七分かけることの3本。ほんとにスキマ時間だ。テキスト見るだけでおわる。

いつまでたっても、勉強した感もなく前日。旦那に時間をもらいスターバックスで2時間勉強して、やっとやった感がでた。香りのテストは家で娘が寝た後に、夜な夜なやった。

好きでもなく嫌いでもなく、何の匂いの想像もできないものは記憶できないということがわかった。最後まで覚えられないというかよく間違える精油もあった。

幸い試験問題はそこまで難しくなく、香りテストもわかりやすいものがでた。

そして、結果は合格!

スキマでも勉強できるんだと、ガリ勉さん、初めての気づき。

さぁ、今度は英語本気でやるかな!!夢にむけて動かねば。


2013年11月1日金曜日

一歳半です!女子の片鱗

一歳半になった。
どんどん言葉が増えていって、どんどん女の子になりつつある。すでにかなりのおしゃべりさんである。

今はおそらく50くらいの単語は言える。よく使う単語は、葉っぱ。抱っこ。くっく。ねんね。これ。くつした。かいじゅう。アンパンマン。ジャッキー。

なぜかいじゅうかと言うと、私が小さい頃大好きだった、かいじゅうたちのいるところの本が大好きだからだ。

毎日最低5回は読む。かいじゅうーといいながらトイレにいようがキッチンにいようがもってくる。

そろそろ私も暗記しそう。

でもバーコードもない自分の愛読書が娘にも気にいられていて嬉しい。かいじゅう踊りを一緒におどる。ガオガオ吠えてみる。二回目くらいまではとても楽しい。五回目は踊らない。疲れてるから。

この本に限らず、ここ最近絵本が大好きになった娘。家にいれば常に読んで!と本をもってくる。そのせいか言葉をどんどん覚える。そして、喜ぶ顔がみたくて、絵本はどんどん増えていく。

ついに彼女専用の本棚も新設された。


女の子らしくなったなと思ったのは、ウサギに対する過剰な?愛。おばあちゃんにもらった白いうさぎのぬいぐるみが大好きで、見つけると絶対キス。しかも恥じらいながら口にする。そしてぎゅーっといいながら、抱きしめる。

誰だろう、お口にキスを教えたの?

私じゃないですよ!

試しにお母さんにもチューしてみてよというと、恥ずかしがりながらほっぺにしてくれる。

この恥じらいぶりもまた面白い。

一歳半。予想以上に興味深い!





2013年9月5日木曜日

1歳4か月 コミニケーションはじめ

最近、娘も日本語の単語が理解できるようになったよう。
お茶とって、帽子とって、ゴロンして。
ちゃんとやってくれる。

この前まで、コミニケーションというコミニケーションはとれなかった。
話しかけはいっつもしているけれども、返事があるわけじゃない。

言い方はヒドイが、完全に動物と同じ感じだった。

それが…今は言ったことを理解して、反応してくれる。
もう私は独り言を発してるんじゃない。母はすこぶる感激だ!ついにヒト科に属された感!

そして、言葉も発する。

最初に言えたのは、タッチ。しかし、今言える訳じゃない。

今意味わかっていえる単語と言えば、「はい」 という言葉に派生する単語。

返事のハイ!
オッパイのパイ!
カンパイ!

私のスマホを耳に、ハイ、ハイという姿は何とも言えない!おもしろい!

こうなると、親としては早く自分たちのことを呼ばせくなる。
「パパ・ママ」がもっとも言いやすい言葉だというのもわかっている、けれども私は
この子が生まれるずーーーと前から自分はお母さんと呼ばせると決めていたし、
今ママと呼んだら変更はきかないだろうなあ…と考えて、

ジレンマは、ありつつもお母さんと呼んでもらうのを気長に待とうと思う。

といっても私たち夫婦は呼び捨てやあだ名で呼び合う仲。

呼び捨てやあだ名で呼ばれる日も遠くないだろうな…汗。



2013年9月3日火曜日

手足口病に!

突発の次は手足口病。
物の見事に、赤ちゃんの病気はかたっぱしからかかっている気がする(笑)。
保育園で、同じクラスに手足口病がでましたと言われた翌日。
お尻にちょっとおできができてて、ありゃと思ったそれが、すでにそうだった。

さらに翌日には発熱し、会社に着いたとたんに、熱の呼び出し。
私も私で、朝から具合が悪く、とにかくお腹が下り、気持ち悪い。

さらにおんぶひもでお腹を圧迫したせいか、常に吐きそうな感じに。

その晩は、病人が病人を看病するかたちで非常に辛かった。
娘の熱は38.5度まであがって、さらにはおんぶ中に派手に嘔吐。
盛大に背中にあびて、残念な姿に。。。
そして、気づく。
手足にブツブツができていることを。

これは!もしや。。。

翌日2人して内科へ。
口にもブツブツ発見でやはり、やはりの手足口病認定。

そして、私は急性胃腸炎。通りで具合が悪い訳で。


でもこの日娘の熱は下がって37度になった。
心配していた食欲ふしんもなく、お粥にする必要はなかったようだ。

うちはまだ軽い症状で良かった。

翌日、丸一日元気に過ごすも、やっぱりブツブツが気になる。鼻水もヒドイ。
ほかのママがみたらきっと嫌だろうなぁと思い、保育園の行ってよい条件はクリアしていたけれども、翌日も念のため休むことに。

そして今日は保育園に。
私のお腹はまだ完全じゃないけれど、今週は優しいご飯にすることにして、やりすごそう。

手足口病ウィルスは三週間くらいかかって体内からでるようで、まだまだ油断禁物。なんのお薬もないから仕方ないけど、今月は赤ちゃんのいるお宅には行かないことにしようと決めた。

夏風邪の一種とはいえ、あなどれないなぁ。






2013年7月30日火曜日

突発性発疹の洗礼

来ました。

うわさに聞いていた突発性発疹が。

悪魔のような週末、いや終末だった。

旦那旅行で不在。実家の母、出張中。わたし風邪ひいている。娘40度近い熱。

幸い初日は義理のお母さんがきてくれて助かったけれども、翌日さらに調子が悪くなり、私の具合も悪くなり、旦那にそれとなくSOS的なメールをうつもごめんね・・・という返事。

ひさびさに子育て大変だと実感した日。
シングルマザーのみなさんには敬服します。


日曜日は予定より旦那が早く帰ってきて、なんとかなったけど。疲労困憊。

そして翌朝。熱は下がったものの、娘顔中、赤い斑点が!!!!

こりゃあ、突発性だなーとか言いながら病院へ。
やっぱりそうだった。これが噂の。


先生が1週間ぐらいかわいくなくなります。と言っていたけれど、ほんとそう、
前にもまして、もの投げまくり。特にごはん。

星一徹か!

ヒステリックなベビー、なかなか手ごわい。
食欲もいつもよりないし、とにかくぶつぶつしすぎてかわいそう。


今週は仕方ないかな。嵐がさることをまちます・・・・




2013年6月23日日曜日

念願のママ飲み会を開催&歩いた!

今日は、フェイスブックでもやりとりを頻繁にしているママ友とママ飲み会を開催した。

念願の、夢のママ飲み会。



居酒屋なんて1年半ぶり。
居酒屋にいるだけで、なんだかウキウキワクワク。

それは私だけじゃない、みんなそうだったようだ。

本日集まったメンバーは0歳~2歳児、1児、30代のワーキングマザーたち。
夜に羽を伸ばすなんて、したことのないママばかり。

(住んでいるところはみんな違うので、)自分の住んでいる地域とほかの地域と子育て制度の比較をしてみたり。

仕事と育児の両立や、自分の会社にいるワーキングマザーの立場について、それぞれ語ったり。

第2子誕生?幼稚園入園?小学生?いったいいつまで働くのか??…それぞれの考えを述べたり。

渾身のよく撮れた写真を見せ合ったりと、大盛り上がりの三時間だった。

「またやりましょう!」と20時30分渋谷のスクランブル交差点で解散。

まだ20時30分って、夜はまだまだと思っていた2年前。


今の20時30分は子どもがそろそろ寝る時間。気分は真夜中!

興奮冷めやらぬまま、それぞれ夫と子どもの心配をしつつ帰路についた。



普段飲み会に行くことすら、またまた自分の歓迎会に参加することすらできないママたちにとって、(もちろん私にとっても)こういった発散の場は本当に大事だと思う。

たまにはママも夜休まないとね。

開催成功の裏には、それぞれの旦那様の協力があって、旦那様にも感謝したい。
またこれからもちょくちょくこのような会に参加させてほしいと思いつつ。

ほんと、開催してよかった。


で、そんな楽しい会の中わたしのケータイに

「歩いた!!!」というメールが。


ああ、こんな珍しい夜の外出の日に限って


大事な1歩を見逃すなんて~~~泣



ちゃんちゃん。










2013年5月17日金曜日

育休明け、ベンチャー企業に仕事復帰して。

5月1日。世の中はゴールデンウィークだったのだけれども、
わたしは前の職場に復帰した。



予想していた以上に、社員の入れ替えが激しくて半分くらいしらないスタッフ!!!

…はい、これがベンチャー企業です。


そして、システム移行やスケジュール管理のツールも一新。


…はい、完全に浦島さんです。


さらに、前にいた時とは違う業務も任せられたので、完全にいちから勉強。手さぐり作業。


…はい、給与ともども新卒です。




でも、みんな笑顔で「おかえり」といってくれて本当に嬉しかった。
残っているガッツあるメンバーの顔をみたら、
やっぱり居心地がいいなと、帰ってきて良かったなと思った。

転職なんてハードルが高いし、転職できたとしても新しいところに行くのは
ものすごいエネルギーを要する。
いろいろ一新したとはいえ勝手知ったる会社に戻ってこれるというのは
幸せなことなんじゃないかとも思える。


といっても復帰して1週間は、帰ったらヘロヘロ。大した仕事はしていないとはいえ、疲労困憊。
家事への力の入れ具合もわからず、全部に力が入っていた模様。じゃっかんイライラもしてた。

料理ができない。洗濯大変。わたしだけが家事をやっている?

心の余裕がなくなって、旦那と相談。
保護者会では先輩ママ・パパに夫婦の家事の分担方法も聞いた。


おかげさんでうちも家事の分担はうまく回り始めた気がする。


復帰して20日たった今は、会社にいく習慣に体が慣れ、適度に力を抜けるようになって、
ブログかけるくらいにはなった。1か月もすれば多分元通り・・・と思いたい。


それでもって驚いたのは、こんな私でもほかのスタッフに希望をもたらしているらしい。ということ。

私の部署で出産後に復帰した人は初めてだからだ。
30代女子だけで構成されたうちの部署はつい先日全員が既婚者になった。

いつ、だれが妊婦になってもおかしくない状態だ。

私が仕事をやっているのが、誰かの希望になれるなら、それはそれでちょっとヤリガイ!

仕事と育児を楽しく両立しながら、趣味も休みも満喫するのが当面の目標になりそう。



復帰して10日たったころ、娘が高熱をだして保育園から呼び出された。
メンバーにすいませんと謝りつつ、すぐに保育園に向かう。それが金曜のことで良かった。
2日間まるまるつききりでなんとか治った。


月曜、みんなから「●●ちゃん大丈夫???」と声をかけられた。
お子さん大丈夫?じゃない。ちゃんと名前で呼んでもらっている。

みんなが心配してくれる。ほんとうにありがたいことだ。


復帰前に2,3回会社に遊びに行って、多くの人に抱っこしてもらったおかげで、
また社内のSNSやフェイスブックにこどもの様子をアップしているおかげで、娘のことを知っている社員は多い。

「●●ちゃん大丈夫???」は社交辞令ではなく、ほんとうに心配してくださるのだ。
実際にこどもを見せる。これは子育てしながら働く上で非常に大事なことだと思う。

復帰前にはこどもの顔をみせることの重要性を感じた出来事だった。


どんどん仕事が降ってくる今日この頃。さて、
効率よくスピードあげていかないとね。



2013年4月30日火曜日

保育園通い始めて一ヶ月。

保育園に入って一ヶ月。

私も娘も、ようやっと保育園という未知の環境に慣れてきた。

新しい環境に慣れやすいタイプなのか。
はたまた神経が太いのか、我が娘。

初日からお昼寝コンプリート。

今ではお昼寝時間はギリギリ目一杯寝ているようで。昼から三時間まるまる昼寝。

毎日たくさん寝てますよー。
と言われるように。


ごはんはというと、最初はあまり食べなかったものの、今はほぼ完食。

酸味のあるものは苦手だけど。

さんざん音楽の動画を流した成果なのか、リズムに合わせて手拍子するのが大好き。

ほとんど毎日お出かけしていたからなのか、お散歩で上機嫌。

とのこと。

万事順調。と言いたいとこだけど、鼻風邪はずっとひいたまま。

熱呼び出しは、これまで二回。
一回は39.5度まででた。

だいたい親にも移るもので、私もなんか風邪っぽい。

保育園に通うと、あらゆる病気もらうよ。

は本当だった。

しゃあない、しゃあない。
菌の少ない温室から、菌いっぱいの世の中にでてきたのだもの。これも洗礼とあきらめる。


……

まだ小さいのに、保育園にいかせるのは、かわいそう。


保育園に行ったことないわたしは、
入園前、じゃっかんだけど、私たちの母世代と同じく、そう思った時期もあった。

実際に、かわいそうと言われた事もある。


でも、入園してから、
かわいそうなどと思うことはなくなった。

むしろ、楽しそう。刺激も多いし。

私は幼稚園しかいってないけれど、
幼稚園にいくのを自分で決めたわけじゃないし、そう通うものだと受け入れていた気がする。

それと同じで、

これが私の日常よ。


そう娘には感じてもらいたい。


それに、それにだ。

ずっと一緒に居るより、離れている時間があった方が愛おしさが明らかに倍増してる。


これは夫婦や、恋人にも言えること。

お金はかかれど、保育園いれて良かったなと、一ヶ月にして思う。


一緒にいられる時は、
たくさんあそんであげよう。
たくさん笑おう。

さあ、明日から仕事です!
シャキッとね。




















2013年4月26日金曜日

1歳です!

早かった。
嗚呼、早かった。

あっという間に、0歳が終わってしまった…


娘が1歳になりました。

大きな怪我も病気もなく、1年過ごせたことに感謝。

思い起こせば1年前。
スピリチュアルな臨月、痛いの、辛いの、びっくりの出産・入院から、未知の生命体(もっと言い方はなかったのか)との出会いから始まった育児。



はじめの1か月。9割乳のことばかり考える母なる脳みそでの育児、だっこもぎこちなく…
必死すぎて写真も少なきゃ、記憶も乏しいけれども。

娘の成長とともに、どんどん育児が楽しくなって

赤ちゃん、苦手だった私はどこやら、赤ちゃん大好きな私に変身。



妊娠前出産後おばさん体型になるのが恐ろしくてしょうがなかったけど…

まさかの理想体重に、乳のサイズもぐんとアップ、
そしてまさかまさかハワイでビキニ!!!


お菓子のドカ食いなんのその、どんな高価なダイエットよりも効いた無敵の授乳期。


初の専業主婦。
初の保育園。

娘をだっこして、
たくさん、たくさんの人に会いに行って、いろんな話をした。
(居酒屋じゃなくても、お酒がなくとも語れんじゃんと知る)

家にいるのがつまらなくて
「あー重い、肩こるなあ~」といいながら、授乳室のある東京の街を
だっこで散歩しまくった。

おかげで素敵なママ友とも出会えた。ママだからこその刺激もいっぱいあった。


心も体も劇的に変化した1年。
自分の想像をかるく凌駕する本当にすごい1年だった。



最近は私の言葉が少しだけ理解できるようになって、
一方通行だったコミュニケーションが、少しずつ変わってきてる。

ごん太な足にも筋肉がついて、足首が象から人類へ(ヒドイでもほんと)、土踏まずらしきものも発見。ハイハイよりも伝い歩きが主流になって、いつ歩いてもおかしくない。

0歳の変化も相当なものだったけど、きっと1歳の変化もスゴイに違いない。

1歳ライフ楽しみです!!!!




2013年3月26日火曜日

☆11か月☆0歳最後の月



娘が11か月になりました。

いよいよ、0歳児も終盤・・・。

あいかわらず良く育って、体重は10kgに近くに。
米10kgを毎日何時間も抱っこやおんぶしてると同じ…
足も大きくて、1歳半くらいの子がはくような靴下をはく。

見た目はだいたい1歳児。

ハイハイはスピードがぐんとあがり、痩せたかなとおもいきや、
離乳食を食べるスピードも量もぐんとあがり、

相変わらずの象のような足。


電車に乗ると必ず、おばさんorおばあさんに

「まあ~まるまる太って~」と、気がつくと足をつかまれていることが多い笑


2か月前ピークだった人見知りも少しおさまったようで、
初対面の人の抱っこにも泣かずにいられることのほうが多くなった。
ちょっと離れているだけで、大泣きされていた時に比べれば少し楽、

保育園大丈夫か!?という心配も少し解消。

今まで他の赤ちゃんとそう違いを感じなかったのだけれども、
最近この子の性格や個性が少しわかってきた!

今現在の娘の性格は、好奇心旺盛で、積極的、活発。でもちょっと慎重。あとよく笑います!

最近のマイブームは

拍手、バイバイに続き…ETごっこ。

一本指で指さしができるようになったところで、指先をつけっこすると喜ぶ笑

ダンスも上半身で踊れるように。

しまじろうに洗脳されつつ、
しましま大好きという歌で、わたしのまねっこしながら、なんとか踊ろうとしたり。

あとお気に入りのヒップホップの曲を流しても、おしりフリフリダンスも。


いやあ、ほんとにおもしろい、見ててあきません笑



来週から保育園。

担任の先生の面談でも、愛想ふりまき、頼もしい!といわれたので
大きな心配してませんが、なんせ離れて過ごしたことがないので、どうなることやら。



3月は宣言通り、とにかく赤ちゃんに会いまくり。
カレンダーをみたところ、予定の入っていない日は2,3日ぐらいでした!
人に会ってたくさんたくさん刺激をもらいました。


4月は預けている間、久々ひとり時間をいただけそうです。

1年間我慢してきたパーマ、映画、歯医者、買い物、カラオケ、ひとりランチ…
もちろん保育園慣らしが最重要課題だけど、4月は最後のバカンスだと思って、
復帰前はおもいっきりじぶんに時間を使いたいと思います。


いろいろ楽しみです♪

☆10か月☆ママ読書会2回目



今日はあいにくの雨でしたが、第2回ママ読書会を開催しました。
1回目の話はどこへ…


おいしいお菓子や手作り和菓子を食べつつ、それぞれに読んだ子育てにかんする本を紹介しあい、子育てに関して、深い話もできました。


毎回発見が多くて、たのしい!!次回は夏ごろ、休日開催予定です!

2013年3月2日土曜日

☆10か月☆保育園決まった!


明日は桃の節句です。初節句です。両方の両親がきてひなまつりぱーちー。
明日の午前はきっと大忙し!ちらし寿司とか桜もちとか作らなきゃ!


それはそうと、保育園入園が決まりました。
8月に赤子をだいて汗かきながら保育園まわったかいがありました。

世田谷区は東京でも群を抜いて待機児童が多く1000名以上が待機です。
あの署名運動がおきた杉並よりも多い…そしてうちも待機児童。

でも認可じゃないところで(認証保育園)決まったので、来月からはそこへ通うことに。
認可じゃないといっても、認可保育園に+月1万円くらいのレベルで、
なんといっても(小学校前まで面倒見てくれるところでは)うちから一番近い!

認可と違って、仕事してなくても入れる。
ということは転職活動が可能。逃げ場があるというのは、ありがたい!

4月生まれの方が有利。というのはこういう点で有利だったかも。
(見学・申し込みに行くタイミングが、遅く生まれる人より早くなるので)


まわりでは、認可外にもどこにも決まってない人もけっこういるので、
ママばかりの集まりには大きい声で決まったとは言いづらかったり。


うちは運が良かった!

妊娠した時からの気がかりポイントだったので、その点晴れて、すっきりです。


しかし…
復帰にはかなりの不安が。。。

うちの会社はほんとにどベンチャーなのです。
女子ばっかりの会社とは思えないような待遇。



とりあえず、復帰してみないことには、どうなってるかわからないので、
やるだけやってみようと思います。




webの通信の学校は、最低限の課題を提出したので、なんとか卒業できそうです。

しかし、あたしはwebデザイナーにはなれそうにない。

ということが大金だして、半年間みっちりやって、やっと分かりました(笑)


授業もほぼ受け終えたので、もう頑張るのをやめます。
正直子育てしながらはきつかった…

この3月は、

・娘と楽しく過ごす
・平日にしか会いづらい人に会う
・お菓子をたくさん作る
・入園準備(日中の断乳も含む)

これらを軸に楽しく過ごしたいと思います!

2013年2月11日月曜日

☆9か月☆子連れハワイ!!!



祝日も休みじゃないうちの会社。

仕事復帰したら、1週間休むなんてできない。ということで、旅行行くなら今しかない!!!と、意気込んで、旦那とお休みを合わせて、3人で海外旅行してきました。

最近はアジア圏ばかりだった旅行。

海外旅行はちょっとのスリルがあってなんぼ!と思っていたけれども、母になったら、安心安全が第一!!に完全に路線が真逆に変更!(じぶんでもビックリ)

ということで、目的地は子連れにやさしいと噂のハワイ。ホノルル、ワイキキ。

とにかく安心安全がモットーなので、金はかかるかかる。
羽田発着の、ホテルもヒルトン。

学生ばりの弾丸ハネムーン(エジプト&マレーシア)よりもずっと金かかってる。
でも、結果行って良かった。

なによりも、ハワイを完全になめていた私。
あんな日本人ばっかりのとこ、行ったってしょうがないとか、買い物しにいくなんて…なんてと何故か行かず嫌いだった去年の私が、

すっかりハワイっていいね!楽園だー!なんて思うように。

ハワイのパワーってすごいなと感心。
過ごしやすい、気楽だ、安心だ。という点ももちろんいいのだけれども、

ハワイ独特の空気や文化に触れて、何回行っても楽しめるであろう、そしてどの年齢の人も楽しめる、その奥深さが気に入った。
あと、ベビーフレンドリーな雰囲気も本当に良かった。

環境がとてもよかったので、子連れ旅行も楽しめた。


子連れの旅行は、今までの夫婦旅行とはまるっきり違った。
荷物もそりゃ多いし、常にオムツや授乳の心配がつきまとう。お風呂も一苦労。

今までの旅行では味わえなかったエピソードを書き記そうと思う。

【いかんせん、荷物が多い】

私たちは3泊くらいようのトランクしかもっていなかったので(ここは反省点。)難民か!?というくらいの荷物だった。

とにかくオムツと離乳食が幅をとる。
結果、自分らの服は3日分しか持って行けず、毎日洗濯。娘の服はほぼ捨てていいもの。
シャワーは固定なので、手おけやら、小さいバスマットやらも持参。

そして、機内で遊ぶ用のもてるだけの大量のおもちゃ。これが一番重要。

娘の荷物が親の2倍(笑)おもちゃはどうせすぐ飽きられてしまうので、前日はおもちゃ作りに励んだり。。。


【地獄の機内】

羽田発は夜。行きはほぼねてくれたおかげで、6時間半のフライトもそんなに苦ではなかったものの、帰りは9時間で、これがまたお疲れ時の体には堪える。

バシネット(座席前につけるベビーベッド)があるから平気だよといわれていたけれども、
シートベルトサインがついたら、子どもをベッドから外さなくてはならないため、使えずに、空いていたとなりのシートと自分の膝を使って娘をシートベルトしたままねかせることに。当然熟睡はできてない(とおもわれる)。

帰りは最初の3時間グズグズ。
なんども大泣きされ、「神よ、しずまりたまへー」なんて祈りながら嵐が去るのを待つ状態。

この大泣きの原因が実は便秘で、なんとハワイ滞在中、一度も大がでず最終日朝に、ホテルで出産かと思うくらいのトイレをし、結果おしりが切れてしまった娘。大はまだできっておらず、帰りの飛行機でも2回ほど、大人並みのものを出すことに…。

これが収まるまでは、ほんと大変だった。

しかしうちよりも大変なおこちゃまはほかにも2,3人いて、トイレ前スペースは泣きじゃくる子どもをだっこしたお母さんお父さんが常にいるという状態。

幸い、うちは周りの方の理解があって、(だがお菓子はくばった)何も言われなかったけど、
眠れねーっておこられてもおかしくないような状態。そんなこんなで私は帰りの飛行機一睡もできず。かえって爆睡!!

(でもキンドルで本は読めたので、良かった。)

機内は子連れ旅行には試練。でもこれがクリアできたらもう、あとは何も怖くないかも。

【モテ期到来か!?】

赤ちゃんのとき、わたしはブラジルでもまあモテたらしい。
まわりは天使のようなかわいい子ばかりなのに、黒髪くるくるパーマのアジアの子どもの方がよほど珍しかったのか。かわいいかわいいと道行く人にいわれまくったと、私の両親は何度もそのエピソードをわたしに話してくれた。多分私の一番のモテキだったに違いない

それと同じことがわが子でも起こる。
空港について初めに係員さんにいわれたことば。

なんて美しいベビーなの!あなたって素晴らしいわね。


ええ?まじで?っていう感じだけれども、言われて悪い気はしない。
こんな子日本にざらにいるけれども…

どこに行っても声をかけられる。

かわいい!オリエンタルだ!美しい!

どうしたら赤ちゃんをそんなに褒められるのだろう!というくらい。

ベビーカーふたりだけでお散歩した時には、声をかけられすぎて、自分の聞き取りのできなさや英語ができないことに腹が立ったくらいだった。日本でもおばあさん、おばさんには声をかけられるが老若男女が声をかけてくるのだからビックリ。

特にテンションのたかいおばあさんが孫の話を詳しくされるともうなにがなんだか・・・、同じくらいの孫がいるということは分かったが、それから先何言ってるのかわからない。

しょうがないから、笑顔でバイバイ。

そう、無差別にバイバイする娘に、世界中の人がバイバイを返してくれる。



そして、はじめて、にいなという名前が生きてくる。

名前を聞かれることが多いのだ。ninaです。というと

「オー!ニーナ!キュート!!」

これがsachikoですとか言ったら、発音してくれるだろうか。。。

世界中の人が発音できる名前でよかったと思う瞬間だった。




とまあ、ほかにもいろんなことがあったけど、一番の違いはこんなところ。

とても高い旅になったけど、そして本人覚えているのか微妙だけれども、
赤ちゃん連れの旅は楽しい!プライスレス!

0歳児なら親の行きたいところに行けるし、お座りができるようになって、
離乳食が1~2回くらいのときが絶好のチャンス。


機会があればまたいこう!

2013年1月18日金曜日

☆8か月☆まるで別人。かのような成長



0歳8か月最終週にはいった娘、


ここ3日で突然、目が離せなくなった。


この2か月後ろにしか進めなかったのが、ハイハイの前進をはじめ、

つかまりやすいものを見つけて、つかまりだちをし、

(多分意味は分かってないだろう)バイバイをし、

箱からものをとりだすのができるようになり、ものの受け取りがうまくなり

だっこひもみせるだけで、抱っこしてもらえるとテンションが上がり、

いやなものは手を全力ではらい、

動画みせながら爪が切ってたのに、もはやできなくなり、

大人顔負けの便秘をし、

自分の思うようにならないと泣き、

家族の見分けがつくようになり、

わたしが見えなくなると大泣きし、

見たことのない生活用品には興味津々で全力で寄ってきて、

お腹がすいたら、わたしによってきてミルクタンクを叩き

のけぞり力が前より2倍くらい?

身長は70センチこえて、服を着て9キロに。


この前までなされるがままに生きていた人が、
突然、自分の意志で行動するようになったのでビックリ。





毎日小さな模様替え、
つかまり立ちも足元があやうく・・・目が離せないけど、

興味深いし、おもしろい8か月ライフだった。


来週は9か月、再来週は初海外!

しばらくエキサイティングな日々になりそう。